南方熊楠と私~天下の男と言われたい~(1)|プロローグ

南方熊楠と私~天下の男と言われたい~(1)|プロローグ

南方熊楠記念館HPより

 

 

僕も是から勉強積んで

洋行すました其後は

降るあめりかを跡に見て

晴る々日本へ立ち帰り

一大事業をなした後

天下の男といわれたい

 

これは、知の巨人と言われた粘菌学者南方熊楠(みなかたくまぐす)が、1886年(明治19年)19歳で単身アメリカに出発する際に友達に宛てた手紙の中で詠んだ詩です。

この「天下の男と言われたい」という一文に何とも心が震えるのです。

私は、この南方熊楠の存在を父から学生の時に教えてもらいました。

その時に父は「南方熊楠という偉い人がおる。天下の男と言われたいという言葉には世のため人のためにという気概がある。こんな人になれ。」また、「熊楠が手持ちの金をすべて使い酒や食料を買うときに『ええい、討ち死にじゃ~』と言っていたらしい。傑作じゃのう。」というようにエピソードを添えて紹介してくれました。

しばらくは、熊楠を考えることがなかったのですが、民事信託の本を出版するという企画を考え始めた三年ほど前にふと南方熊楠のことを思い出して本を読み調べ始めました。

色々と調べているうちに一つの大きな事実に気づいたのです。

 

それは、熊楠のお父さんの存在です。

 

熊楠の偉大さを考えれば考えるほどお父さんである弥兵衛さんの、卓越した先見性、教育方法、さらにはその実行力に驚嘆させられたのです。

日本が近代化に向けて歩き始めた時代、14年間にもわたる長期海外留学を支えた経済力と熊楠に学問で身を立てることを勧めてその通り支援し続けた弥兵衛さんという人物そのものと明治という時代がそこに投影されて圧倒的な存在感と懐の深さに魅了されてしまいました。

 

そこで、私なりに熊楠についてまとめたものを大雑把に下記6つのステージに分けてご紹介したいと思います。最終回は、明治が生んだ南方熊楠という大きな遺産をどのようにとらえるべきか、あるいは、これからの日本のあり方について考えたいと思います。

 

1幼少年期・青年期

2アメリカ在留時代

3イギリス在留時代

4田辺時代前半 神社合祀反対運動~エコロジーの先駆者~

5田辺時代後半 昭和天皇へのご進講

6南方熊楠という偉大なる遺産

 

事業家である弥兵衛さんには、熊楠のほか三人の男子と長女の合計五人の子供がいました。弥兵衛さんが、子供たちの特性を見抜いて将来を予見して相続、事業承継について見事な意思決定を行います。それにより、知の巨人熊楠を誕生させ、三男の常楠は堅実に家業を継いで発展させ会社は今でも続いています。

 

今、国家的な課題となっている事業承継についても示唆に富んでいると考えています。

人生100年時代を生きぬいていく子供たちにとって、明るい日本を創造していくことはわれわれの責任と考えています。

弥兵衛さんや熊楠を通して考えることにより、日本の将来が少しでも良い方向に向かう一助となることができればと思い、恥ずかしながら拙文にてお伝えしたいと思います。

お付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

 

 

参考文献

 

・縛られた巨人 南方熊楠の生涯 神坂次郎 新潮文庫

・南方熊楠 日本人の可能性の極限 唐澤太輔 中公新書

・南方熊楠 近代神仙譚

・南方熊楠 鶴見和子 講談社学術文庫

・南方熊楠 梟のごとく黙座しおる 飯倉昭平 ミネルヴァ書房

・南方熊楠アルバム 中瀬喜陽・長谷川興蔵 八坂書房

・南方熊楠 森羅万象に挑んだ巨人 平凡社

 

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